実録・「超、注文の多い客」 [ストックヤード]
カラン。扉が開く。
まあまあ高級な中華料理店「粗仁音楽通信中華店」。
コースは一人前7000円~と書いてある。
どっかりと座る客 5人。
客 「おい、スペシャル北京ダックを中心にコースを作れ。悪いが7分で作ってくれ。ちなみになんでお前のところに来たかっていうと、金料理長と、こちらの陳さんが懇意にしているからだ」
陳さん「・・・」
ウェイター 「は、ありがとうございます。で・・・7分ですか?コースも含めて7分は無理だと思いますが」
客 「じゃあコースは15分でいい。北京ダックだけ、なんとか7分で作れ。」
ウェイター 「(こうしてはいられない)それでは早速・・・」
客 「ちなみに値段は?」
ウェイター 「そうですね、スペシャル北京ダックですか、中に何を入れるかで変わってきます。」
客 「値段が決まらないと食うかどうかわからんぞ」
ウェイター 「それでは早急に、何を入れるかをご提案します」
厨房。料理長に早口で相談。
そして20秒後。
ウェイター 「スペシャル北京ダックですが、北京ダック、ネギ、きゅうり、ゴマ、うちの特製味噌、皮、あとは蒸しパンでどうでしょうか?スペシャルということでしたら、きゅうり・ゴマをきゅうり、オオバ、松の実にすることも可能です。こちらでしたら二人前からご注文いただければ、まあそうですね、一人前4500円で承ります」
客 「なかなかいい提案だな。きゅうり、ごま、オオバについてはちょっと考える。しばし待て」
(ゴニョゴニョと相談)
客 「よし、OKだ。きゅうり・オオバ・ゴマにしてくれ。ちなみにもう二分過ぎているのであと5分で作れ。スペシャルなヤツだぞ」
ウェイター 「(5分かあ~)分かりました。がんばって作ります」
(急いで戻ろうとする)
客 「あ~、おい、ちょっと待て。さっきの4500円だけど、高いな。具体的に何がいくらで4500円か詳細もってこい。値切れるかもしれんからな。あ、あと、さっきの提案の中で、皮と蒸しパンはこちらで支給する。それを使ってくれ。隣の陳さんが持ってるから」
陳さん 「・・・」
(厨房。料理人たちに報告するウェイター 。)
ウェイター 「金料理長、すまん、あと4分半しかないけど北京ダック作ってくれ・・・」
料理長 「遅いよ。何を話してたのさ。4分半じゃあ無理だよ。支給された皮と味があうかも分からないじゃないか。ウチの名前で出すならちゃんとしたものを出すのが筋。断ってこい」
ウェイター 「いや、今さら断れないし・・・。」
料理長 「じゃあ別の料理人に言え。俺はいやだ」
ウェイター 「ええ~しょうがないな。じゃあ、朴さんどうだい?速作りの朴さんならできるだろう?」
朴「あい?ええですが、何をつくるんで?」
ウェイター 「北京ダックだよ。いいか、北京ダック、ネギ、きゅうり、オオバ、松の実、うちの特製味噌、皮、あとは蒸しパン。」
朴「合点。ですがその特製味噌ってのと松の実の使い方、あたしゃあ好みじゃないのでよく分かりません。普通の味噌を使います。じゃあ、早速準備にかかりますわ」
ウェイター 「よし、一応それでよいかきいてくる」
5秒でホールに戻る。
ウェイター 「お客様、ちょっとお時間があまりにもなくて料理長が無理だと言うので、ウチの早作りの朴が承ります。北京ダック、ネギ、きゅうり、オオバ、普通の味噌、皮、あとは蒸しパン。これでなんとかあと3分で作りますんで。ちなみに蒸しパン、お持込とのことですので、早くいただきけないでしょうか。」
客 「む、金料理長がいやだって?いや、ちょっとそれについては考えたい。ちょっと待て」
(ごにょごにょ)
客 「やっぱり時間はいいや。3分で出さなくてもよいので料理長になんとか頼んでくれ」
ウェイター 「え、そうですか、時間は良いのですね。では料理長に伝えます」
客 「あと、コースは結構。北京ダックだけでいいぞ。あと、二人前って言ったけど、陳さんは陳さんで違うの頼みたいかもしれないから、会計別々な。北京ダックについても向こうは向こうでちゃんと訊いてくれよな。」
陳さん 「・・・(蒸しパンと皮を出す)」
ウェイター 「そうですか、だいぶ状況が変わりましたね。もろもろ相談します」
料理長 「時間が関係ないならやるよ。北京ダック、ネギ、きゅうり・オオバ・ゴマな。よしよし。で、その蒸しパンと皮は?」
ウェイター 「これですって」
料理長 「うーんなんだか乾いた皮だな。ま、指定だからしょうがないか。水分の多い何かが必要かもな」
おーい、とホールからウェイターを呼ぶ声。
客 「おい、ウェイター、やっぱりちょっと待て。」
ウェイター 「なんでしょう」
客 「さっきの皮、ちょっと乾いてるかもな?どう思う?どんな皮がいいかな?」
ウェイター 「いや、お持込なんで、お好みのもので結構ですが、ある程度水分があるものでしたらまあ何でも大丈夫でしょう」
客 「よし、じゃあ後で渡すな。皮だけならあとで差し替えキくもんな」
ウェイター 「はい、では早速作りに入ります」
客 「あ、ちょっと待て。そういえばきゅうり・オオバ・ゴマのところなんだけど、なんか寂しいと思わないか?」
ウェイター 「え?さようでございますか?」
客 「なんか不安なんだ」
ウェイター 「不安って・・・」
客 「きゅうり・オオバの間にカラスミとかイクラとか混ぜたら?ゴマは香ばしく炒ってな」
ウェイター 「そうですか・・・では料理長を呼んで参りますね」
(料理長、客の前に到着)
料理長 「野菜と魚卵系を混ぜて風味を豊かにしたい、ということですな?」
客 「そうだ。あと、きゅうり、ゴマ、オオバってのはなんか理由があるのか?」
料理長 「理由、と申されますと?」
客 「いや、きゅうり、ゴマ、オオバじゃなくて、ゴマ、きゅうり、しそにしないか?本当にオオバがいいのかな」
(どうでもよい話2分)
料理長 「わかりました。では、ゴマ、きゅうり、しそにご指定のカラスミとイクラを使いますね」
客 「あ、ちなみに、だ。」
ウェイター 「なんでしょう?」
客 「あと3分で作れ。死んでも3分だ。3分後にゲストの白龍さんが来るんだ」
料理長 ・ウェイター 「(げっ)」
(料理長は厨房にもどる)
ウェイター 「作るものが決まって良かったです。ちなみに・・・お値段のほうですがちょっと4000円だとむずかしいですね。陳さんとも全然オーダー違いますんで、恐れ入りますが6000円ほど頂戴したいのですが」
客 「6000円?高いなオイ。お前、4000円で作るって言ったからには4000円てのが筋じゃねえのか?」
ウェイター 「いえ・・・二人前、でもなくなりましたし、材料もだいぶ変わってしまっております。お急ぎで作らせていただくし、サービス価格で4000円と申し上げておりましたが、ぜんぶ変わっちゃいましたので・・・」
客 「ふーん、納得がいかないな。ウチの近所の『北竜』なら3800円くらいだぞ。ま、陳さんとも違うし、しょうがないから5000円で手を打ってやる。いいな、5000円だぞ」
ウェイター 「はあ・・・しょうがないですね、承りました」
2分30秒後。
料理長 「ほら、できたぞ!もってけ!」
ウェイター 「(ゼエハア)お待たせいたしました、スペシャル北京ダックでございます。これで白龍さんのご到着に間に合いましたな!」
客 「ふむ。」
・・・
客 「おいウェイター」
ウェイター 「なんでしょう」
客 「なんとなくパサパサしてる気がする。どうしようか?」
ウェイター 「ええ~っ。どうしようか、と申されましても・・・・」
客 「これじゃあ白龍さんがお喜びにならないな・・・どうしよう」
ウェイター 「・・・」
客 「スペシャルなやつ、言うたやろが。ったく、ネギとか、もうちょっと創意工夫ができへんのか?」
ウェイター 「・・・」
客 「よし、こうしよう。このカラスミとイクラ、しょうゆ漬けのものではなくて生のものに差し替えたらどうだ?もっと水々しくなるだろう?あと、皮が乾いているからなんとかしてな。」
ウェイター 「ちょっと料理長と相談してきます」
客 「あと」
ウェイター 「まだ何か?」
客 「わるいな。蒸しパン、別の使ってくれ。ホイ、これだ。これをホカホカにしてな」
(厨房)
料理長 「なんだとこの、言われたとおりに作ったんじゃねえか!何が不満なんだ」
ウェイター 「なんだか不満だそうだ・・」
料理長 「しゃあねえなあ。だがカラスミとイクラを生から・・・となると、5000円じゃ大赤字だ。本来なら8,000円、サービス価格で7,000円だ!ちなみに皮は酒をふってうまく処理するから安心しろ。蒸しパン差し替えろだと?最低限のサービス料は請求しろよな。」
ウェイター 「はあ・・・」
料理長 「ちなみに、さっきから3分で作れとか2分で作れとかどうしても俺に作れとか言ってるんで、他の料理ができねえんだよ!もう赤字でもなんでもいいから早くなんとかケリつけてこいよ!」
ウェイター 「わかった。がんばるよ」
料理長 「あと、時には客を追い出す勇気も必要な」
ウェイター 「うん、もう遅いけどね・・・」
ウェイター 「お客様、たいへん恐縮ですが、皮の調整はすぐにやっておりますが、お持込の蒸しパンについてはサービス料いただきます。また、カラスミといくらですが、ちょっと作り直しになってしまうので、プラス2000円になります」
(ごにょごにょ)
客 「高いな。カラスミとイクラはいいや。勘弁してやる。」
ウェイター 「はい」
客 「あと」
ウェイター 「(まだなんかあるんかいな)なんでしょう?」
客 「オタクのこの北京ダックのレシピ、ウチの地元の料理屋で共有するから、調理法詳しく書いてよこせよ」
ウェイター 「(げえっ)さようですか。レシピの公開はちょっと困るんですが・・・」
客 「ばかやろう、なんのために作らせてると思ってんだ。ウチの近所の親戚たちはそれぞれの地域で蒸しパンの好みが違うんだよ。」
ウェイター 「・・・分かりました。レシピの公開は通例いたしませんので、できれば蒸しパンをお持込いただいてこちらでおつくりするということではダメでしょうか」
客 「ダメだな。遠いし、面倒だ。近所の料理人に作らせる」
ウェイター 「そうですか、では蒸しパンを差し替えるため、レシピを公開いたします。恐れ入りますが、レシピの公開にあたっては著作権の観点からレシピの買取料が発生いたします。また、不要な改変をお断りしております」
客 「ふーん」
ウェイター 「こちらの契約書にサインしてください」
客 「・・・(契約書を読んでいる)」
ウェイター 「・・・」
客 「おいこら、『この蒸しパンなどの差し替え以外は変更するな』ってなんやこら。地元の連中はそれぞれ宗教も好みも違うんや。『蒸しパンなど』の『など』には何が具体的に含まれるんや?」
ウェイター 「いや、何が・・といわれましても、一応、こちらの料理店の名前でレシピを公開させていただくので、改変していただくのはあまり好ましくないんですが・・・」
客 「何を言うてんねん!!」
ウェイター 「ひっ」
客 「こちとら、親戚連中にウマい北京ダックを食べさせたいんや!オオバがダメなヤツもおるし、ゴマが食えへんヤツもいる。味噌がダメなやつもおる。焼きたいやつもおるかもしれん。スープに入れたいやつもおるかもしれん。どないや?そこんとこどないや?」
ウェイター 「・・・『好みに応じて変えてよい』と一言念書に入れるよう、店主と相談します・・・」
客 「で、早う作れな。あと1分で作れな」
こういう客には頭突きをして退場させられても後悔はしません。
というか、本当にいるの?凄いな。
料理長懇意にしてるとは思えないし。。。
by けんぽ (2006-07-15 10:03)
mixi側含めて、いろいろ読解があってオモロイです。ふーん、そう読んだか・・・というのがチラホラ。
イマイチ分かりづらかったみたいなので一応補足すると、これは完全に比喩です。
だって、僕が中華料理店で働いているわけではないんで…。現実の出来事を中華料理店に置き換えています。
これはいつか思い出そうと思っているのですが、リアルすぎるとキモイので、そのように書きました。
ま、もっというと、この中華屋の成り立ちと、客が深くかかわってくるので話はもっと複雑なのですが・・・。
>ケンポさま
実は、陳さんが常に沈黙しているのは、「客」と、料理店と懇意にしている陳さんとの間柄をネガティブに物語っています。陳さんは実際に店と懇意にしていたりするんです。だけど、「客」と陳さんは実は仲良くない。陳さんは「客」の言うことに支援したくないんです。
世の中は複雑だなー…。
by つねっち (2006-07-15 23:19)
お疲れさまでした。
それでも料理を出したあなたはさすがプロですね。
お金出せば何言ってもいい、って人が世の中にはなんと多いことか。
ってまとめちゃうとホントにつまんないけど、
中華料理店、最高です。
何か起きたら、またこのシリーズやって下さい!
by まつきり (2006-07-16 00:59)
>お金出せば何言ってもいい、って人が世の中にはなんと多いことか。
いや、
「金に糸目はつけないから、最高の北京ダックをよこせ」
ならゼンゼンいんですよ。宮廷料理人と同じなんで。
むしろ、金をケチりながら無理なことを言うのが得だと思っている人が結構多い。そういうのはアサマシイですよね。
by つねっち (2006-07-16 23:27)
陳さんの件、了解です。
でも、説明されてちょっと恥ずかしい。。。もう少し勉強しないと。
でも時間にしろ予算にしろメチャメチャな事言う人いますね。
「とりあえずコッチは金払ってるんだから言う事聞けよ」的な。。。
零細なら、なおさらイジメられますし、ダメージもでかいんです(ToT)
by けんぽ (2006-07-18 11:03)